Spencer

2006年9月4日は僕にとって最高の日でした。午前9時半頃、スペンサーが生まれたのです。スペンサーは最初のテストに合格しました。アプガースコア(新生児の状態を表すテスト)で10点中1点とりました。1点も取れたのは、ほんのわずかでしたが、心臓が動いていたからです。数分でスコアーが4点に上がりました。医師がスペンサーに酸素を与え、そのおかげで心臓が強く、早く鼓動し始めました。やっと先生と話す機会が出来、スペンサーが重い脳障害を受けたと聞かされました。障害の程度を抑える可能性のある新しい技術を試したいと言われました。放棄書を読めませんでした。日本語で書かれていたためです。医師を信頼し、もし自分の子供の症状が改善されなくても、将来他の子供の役に立つかもと思いました。僕は自分の最初のテストに合格しました。

1週間も経たないうちに人工呼吸器が外されました。脳障害は重いものでしたが、彼の心臓は鼓動を続け、彼は呼吸を続けました。二つ目のテストに合格したのです。医師にはこれ以上施しようが無いと言われました。これから先はスペンサー自身にかかっていたのです。妻と私は出来る唯一のことをしました。スペンサーにたくさんの愛情を注ぎ、彼自身を信じることでした。
スペンサーの次なる壁は物を飲み込めないことでした。家に帰るために必要な、食事をチューブで与えるための手術でした。彼はそのテストも見事に合格しました。
この間、私たちは思いも掛けないほどの応援を受けました。世界中の家族、友達、友達の友達などから励ましの言葉や祈りを頂きました。医療関係者、家族、近所の方々、仕事の仲間、お店のお客さま。妻やスペンサー、私が不自由しないように心がけてくれました。仕事だから手を差し伸べてくれた方、家族だから手を差し伸べてくれたかた、私たちを愛しているから応援してくれた方、素晴らしい人だから手伝ってくれたから。理由はともかく、手伝って、応援してくれました。
スペンサーが病院から帰宅するまで、僕は毎晩子供時代のお祈りを捧げ、祈りを通してみなさんにお礼を言いました。僕はこうすることしか出来なかったのです。妻と彼女の家族は僕に違う方法を教えてくれました。それは先祖にお礼を言い、彼らに助けを求めることでした。僕自身、両方をしました。「神様」に祈りを捧げ、お礼を言い、私たちを見守ってとお願いしたのです。また、自分が覚えていた息子の先祖を思い出し、彼らにしていただいた親切に一つ、一つ感謝しました。会ったこともない先祖にもお礼を言い、助けを求めました。彼らの存在無くしては、僕には息子が生まれなかったのです。どうして物事が起きるのか、僕には知る必要なかなったのです。ただ私たちが行くべきところにいつか辿り着くであろうと信じるしかなかったのです。僕はそのテストにも合格して、スペンサーはそれ以降、在宅で看護をうけています。
今でも僕は自分に出来ることだけをしてます。スペンサーが肉体的に必要なものをすべて提供しています。食べ物、飲み水、そして寝る場所。彼が呼吸できるように手伝っています。でも何よりも大事なのは、彼に愛情を注ぎ、彼自身が彼のために一番いいことをするであろうと信じることです。
親の仕事は子供達に正しい道を教えることです。一番いい教え方は見本になることです。子供の仕事は親に何が大事かを思い出させることです。スペンサーは4番目のテストに合格しました。僕はまだまだ宿題をしている段階です。
今のスペンサーは見たり、聞いたり、話をしたり、自分で動いたり、物を飲み込むことは出来ません。でもいつか、彼は出来るようになります。スペンサーは僕に約束したのです。その前に、僕が彼にいつも言っていることをしなければなりません。皆様にお礼を言うことです。愛を込めて.... クレイグ
 
追伸:みなさんに色々お願いしていることは重々承知してますが、もう一つお願いがあります。信じてください。僕は信じてます!
 
 

 

 

 

 

 

 

 

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