The Story Thus Far...
私は13年前、1年間の博士研究員ポストと人生体験のため来日しました。無限に延長された短期プランを一言で言うと、「任務無事終了」と言いたいのですが、私の場合1年の研究員ポストは実際に終了しました。残念ながら、今の自分を取り巻く環境を一言で言うと「泥沼の中」が当てはまるでしょう。
辛い日々を好む人はいません。しかし、私はこの数年たくさんの事を学びました。まず、人生は自分次第です。次に、人助けは健康的な対抗メカニズムである。最後に、大学院のアドバイザーが正しかったのです — 怠慢と共有されない知識は無知と同等であること。私は自分の経験を語ることによって皆様が同じような苦境を経験しないことを願います。
私の息子、スペンサーは出産時に重大な脳障害を受けました。その結果、彼は重い脳性麻痺になり、主に物を飲み込む事が出来ないので、24時間介護を必要とします。私たちの住む地域には医学的に、より虚弱な子供を扱える施設やプロのサポートがほとんどありません。私たちの家族はカウンセリングを勧められたり、受けることはありませんでした。実際、スペンサーが生まれた市民病院には精神科はありません。妻の両親はブラジルから日本に戻り、近くに住んでいましたが、スペンサーの介護を手伝うことはありませんでした。言うまでもありませんが、妻と私は困難な状況を精一杯乗り越えようとしました。
「仮現能力」この言葉は境界性人格を説明するのに使われますが、外面的には物事を対処出来ているように見えながら、内面的には全てを見失っている状態です。また心的外傷性ストレス(例えば難産や障害児の出産)や職業上の能力にも使われます。日本語には直訳は有りませんが、建て前と本音が一番近いでしょう。「仮現能力」は特に陰湿で、本人もなかなか認めないし、周りの人たちにも何か重大な危機が起きるまで見逃されてしまうのです。
しかし、私にとって人生最大の喜びの時期にまた危機が起きたのです。二人目の子供で妊娠5ヶ月の時、妻は実家の両親と暮らすため、私とスペンサーを置いて出て行きました。妻は妊娠中に精神的不安になり、スペンサーの出産で経験した不安もよみがえり、また障害児の育児を外の手助け無くこなしていました。それなのに、妻は家を出る理由を全て和解し難い不和が原因と言いました。ホルモンの影響やその他のストレスを完全に否定し、いかなるカウンセリングも強く反対しました。スペンサーの育児を完全に放棄しました。
彼女の家族に助けを求めましたが、逆に私が科学に頼りすぎている(私の博士専門分野は生殖生理学、エストロゲンと行動の関係)そして「巧みかつ理論的な攻撃」であると言われ突き放されました。重大な問題があると認めず、彼女の家族の「サポート=否定」は彼女の行動を正当化したのです。スペンサーの状態がストレスと妊娠中の「夫婦の霊の不調和」の結果だと理論付けし、問題をいっそう大きくしました。妻は夫婦関係を続けたら私たちの娘が危機にさらされると思いこみ、出産前に離婚を要求しました。私の同意を得るため、2人の子供の親権を私に譲ると約束しました。
私が驚いたのは、この状況を知っていた3人の婦人科の女医がほとんど手助けしてくれなかったことです。 最初の医師は妻の言うことを全て信用しました。二人目は予防的診断を受けるよう妻に勧めたが、妻はそこへ二度と行きませんでした。3人目の医師は妻に人格障害の疑いがあると言いましたが、妻が健全は出産に意欲的な態度を示したため、女医は何もしませんでした。どうも典型的な周産期中の精神問題である育児放棄は精神科医による治療を要求する十分な根拠に値しないようです。
娘が生まれた後、「娘に対する愛情が湧かないように会わない方が良い」と妻からのメッセージを受けました。誕生の日時や娘の名前、何も教えてもらえませんでした。娘に会おうと病院に行きましたが、警備に止められました。その後、妻と彼女の両親は全ての連絡を打ち切りました。将来の関わりを避けるためにか、妻は娘のブラジル出生届に父親の情報をすべて省いたのです。(ブラジルとアメリカの法律では婚姻関係に関わらず子供のパスポートの申請等には両親のサインを必要とします。)日本の出生届にも私を父と書かず、その代わりに妻の兄弟が承認になりました。彼ら全員は書類偽造の罪でブラジルにて開示告訴と刑期を告訴されています。また、妻は育児放棄罪で告訴されています。
当然、私は娘(そして妻)の生活を心配し、また、永久に娘の人生から外されたくないために2008年10月に岡崎家庭裁判所に親権の申し出をしました。その直後、妻は両親とアメリアを連れて祖母の暮らす山口県へ逃げました。岡崎の裁判官は管轄の変更を命じ、その結果、公判は六ヶ月も延期され、私とスペンサーは公判のために何百キロも移動しなければなりません。どうも医学的に、より虚弱な子供の安全と健康は裁判の管轄を保つには不十分のようです。
生まれてから7ヶ月後、私たちは2009年3月31日に初めてアメリアに会いました。それは知らない人に囲まれた裁判所の一室での15分間でした。2回ほど経験もない仲裁人のもとで会い、やっと2009年7月7日に裁判官と会うことができました。裁判官は、スペンサーに対する妻の無関心な態度と全体的な卑怯六手粋な態度は「普通ではない」と認めました。しかし、妻に対して心理学鑑定やカウンセリングを命じたり、娘を妻の監督から外すこともありません。
日本の法律では、両親が外国人の場合、親権の問題は子供の国籍の国の法律で決めなければなりません。担当の裁判官は明確な証拠(妻の宣誓陳述書)を持っています。また、ブラジルの刑法において妻が強制的な判決を受け、娘の親権が自動的に私に移ると知っているにもかかわらず、どういうわけか裁判官はこれらを根拠に判決を言い渡すことはありません。
アメリカに行けばスペンサーはもっと良い治療を受けられ、また、日本でのサポートが不十分なため私が仕事できないことは皆が承知しています。しかし、裁判所の命令や妻からの許可無くして、私たちは日本から離れることが法律的に許されません。皮肉にも、私がスペンサーをアメリカに連れて行けば、私が親による誘拐で有罪になります。また、二度とアメリアに会えなくなるでしょう。
妥当な期限内「子供のために最良な決定を言い渡すには」には、「普通でない」母性行動や子供の親権を守る法律の侵害、最高の医療へのアクセス、そして、生計を立てることは無意味な因子のようです。裁判官は12月に判決を言い渡すと言ってくれました。それはこの騒動がはじまってから15ヶ月後のことです。しかし、裁判官は上訴されるであろうとも言っていました。
私が講演するとき、聞きに来てくださった皆様に簡単なメッセージを送ります。今日のメッセージは「仮現能力に要注意」です。
Imagine being trapped in an international legal maze involving 3 different countries.
Now, imagine being unable to work while caring for your severely handicapped son 24/7 since his mother left with the full support of her family.
Now, imagine being denied all information and access to your newborn daughter for over a year and counting.
Now, imagine being unable to return to your own country to get help for your son without becoming liable for international child abduction and critically weakening your legal situation with respect to custody of your daughter.
Now, imagine a court system that professes the welfare of the children is paramount, has had the case for over a year without issuing a single ruling- not to mention changed jurisdiction such that you must travel several hundred miles with your son's medical equipment to attend all court proceedings.
Most people would cringe at the thought of any one of the above situations.
Craig Morrey and his children are dealing with them all.